本文
  李さんは会社の仕事にも次第に慣れ、上司の信頼も徐々に増してきました。今回は新しい取引先メーカーとの交渉をまかされ、無事、商談成立にこぎつけました。
  木下課長は今後のつきあいを考慮にいれて、先方の長谷川部長を接待することにし、李さんはその準備を頼まれました。
  場所は長谷川部長の好みに合わせてカラオケ スナックになりました。李さんは長谷川部長に楽しんでもらうには、雰囲気を盛り上げようと考え、まず、演歌を二、三曲歌いました。
  けれども、日本人の場合は、自分が楽しむより相手を立てて楽しませることを第一に考え、接待します。ですから、木下課長は困った顔をしていたのです。
  カラオケに招待された長谷川さんが、楽しかったと言ったのは「建前」なのです。「本音」を言えば、自分が歌えなくてあまる楽しくなかったはずです。しかし、長谷川さんは、会社の代表として、個人の感情を抜きにし、不愉快な感情を表に出さず、接待した側の会社に感謝したのです。
  「建前」は、「原則として」とか「表向きには」という意味です。公的な立場からの見解について述べるときに使われます。それに対して、「本音」というのは、その人の本当の気持ちです。日本人社会は、人間関係を優先し、「和」をたいせつにします。この和を保つためには、私的な感情を表面に出さず、原則である「建前」でコミュニケーションすることが必要になるわけです。

会話
(カラオケ スナックで)
長谷川 :李さん、演歌がうまいですね。
ホステス:ほんとに。中国の方と思えないぐらい上手よ。ねえ、木下さん。
李   :そうですか?ほめていただいたのは初めてですよ。じゃ、今度は、今とてもはやっている歌を歌います。あっ、これデュエットだから長谷川部長も一緒にどうですか。
長谷川 :いや、最近の歌はダメなんですよ。
李   :あっ、そうですか。じゃ、ボク、みゆきさん(ホステスの名前)と歌います。
長谷川 :(一向に楽しい様子も見えない)
木下  :(困った顔)

(数日後、李さんと同僚の高橋さんと横山さんは三人でお酒を飲みに行きました。そこで、この間のカラオケ スナックの話になりました。)
横山:長谷川さんの接待のために行ったのに、李さんが自分だけ楽しんでたって、課長、怒ってらしたわよ。
李 :えっ!ほんとに?おかしいな。長谷川さん、帰るときに、「今夜はとても楽しかったです」っておっしゃってくださったよ。
高橋:それは、日本の社会においてはタテマエっていうもんだよ。李さん。
李 :タテマエか…。そういえば、この間お金集めたでしょ。
高橋:田村さんの結婚のお祝いのこと?
李 :うん。田村さんの結婚のお祝いの回覧が回ってきたとき、みんなが何も言わないで同じようにお金を出すのを見て、僕、驚いちゃった。あれもタテマエ?
横山:それは違うわ。同じ部の人がみんな出していれば、やっぱり、あたしもみんなと同じようにするわ。そのほうが、摩擦が起こらないか。
李 :それは、自分に自信がないからでしょう。
横山:まっ、失礼ね。李さん、ときどき失礼なことをするわよ!たとえば、この間、営業一課で飲みに行ったとき、先に帰っちゃったでしょ。あの後、みんな白けちゃったのよ。
李 :だって、僕、お酒、嫌いなんだ。
高橋:李さん、本音は僕だって同じだけど、それが会社のつきあいってものだよ。僕も去年はそうだったけど、「新人類」なんて陰で言われちゃって…。
李 :へえ、冷たくされたの?
高橋:まあね。今は違うけど。

応用文

日本人の人間関係


  「旅の恥はかき捨て」ということわざがある。旅に出たら、どんなことをしても許されるという意味だ。昔の日本では、それほど簡単に旅に出ることはできなかった。多くの人は生まれた土地を離れることなく、死ぬまで同じ所に住み、その上、厳しい上下関係の中に生きていた。だから、旅行はその枠から出られる、ただ一つの機会だったわけだ。それで旅に出たら少しぐらいの自由は許してもよいと考えたのだろう。
  無礼講という言葉もある。「今日は無礼講で飲もう」と言えば、そのときだけは相手が自分より上か下かなどは忘れ、失礼があっても少しぐらいなら気にせず付き合うことができる。しかし、このときが過ぎれば、また厳しい上下関係に戻らなければならない。しっかりと決められた社会の枠が壊れずに長く続いたのは、無礼講のような息抜きが時々あったからなのだろう。
  現代の日本では、社会全体としての上下関係はほとんどなくなったとはいうものの、昔とはまた違った集団の秩序がしっかりと出来上がっている。その集団の一つは会社である。会社の中では相変わらず、社長、部長、課長、平社員という秩序が厳しく守られ、それを乱そうとする者はあまりいない。ところが、会社の中の人間関係は気にかけるのに、会社の外の人に対しては、関心を持たない人も多い。電車の中で、お年寄りが立っていても知らないふりをしておきながら、自分の先輩や会社の上司が乗ってくると、慌てて席を譲ったりすることさえある。このような態度は「ウチ」と「ソト」という関係から説明できる。自分の属している社会を「ウチ」といい、「ウチ」の者に対しては規律正しくその秩序を守るようにする。一方、「ソト」に対しては「ウチ」に対するほどの関心を持たない。
  外国人のことを「外人」というが、これもやはり同じような意識から出た言葉ではないだろうか。何年日本に住んでいようと、日本人より日本的であろうと、いつまでも「外人」と呼ばれるという嘆きを聞いたことがある。「日本人は確かに大変丁寧だが、ただし、それはお客様に対する丁寧さであって、自分たちの社会には決して入れてくれない」という嘆きだ。「よそ者」というわけである。このように、「ソト」の者をなかなか「ウチ」へ入れようとしないのは、しっかりと出来上がった「ウチ」の秩序が乱されはしないかと心配し、そうすることで、「ウチ」社会を壊すまいとしているからなのだろうが、これは日本だけのことだろうか。

ファンクション用語
意志
A どうぞ、タバコはいかがですか。
B 私はタバコをやめることにしているんです。
A そうですか。苦しいでしょう。
B どんなに苦しくてもやめるつもりです。


単語
建前(たてまえ)(名)②
信頼(しんらい)(名 他サ)〇
徐々に(じょじょに)(副)①
今回(こんかい)(名)①
取引先(とりひきさき)④
任す(委す)(まかす)(他五)②
商談(しょうだん)(名 自サ)〇
漕ぎ着ける(こぎつける)(他一)〇
考慮(こうりょ)(名 他サ)①
先方(せんぽう)(名)〇
長谷川(はせがわ)(専)④
スナック(名)②
盛り上げる(もりあげる)(他一)〇
演歌(えんか)(名)〇
曲(きょく)(名)①〇
立てる(たてる)(他一)②
感情(かんじょう)(名)〇
抜き(ぬき)(名)①
表(おもて)(名)③
原則(げんそく)(名)〇
表向き(おもてむき)(名)〇
公的(こうてき)(形動)〇
見解(けんかい)(名)〇
優先(ゆうせん)(名 自サ)〇
私的(してき)(形動)〇
表面(ひょうめん)(名)③

ホステス(名)①
デュエット(名)②
美雪(みゆき)(専)〇
一向(いっこう)(副)〇
横山(よこやま)(専)④
回覧(かいらん)(名 他サ)〇
あたし(代)〇
摩擦(まさつ)(名 自他サ)〇
自信(じしん)(名)〇
白ける(しらける)(自一)③
新人類(しんじんるい)(名)⑤
陰(かげ)(名)①
冷たい(つめたい)(形)〇

恥(はじ)(名)②
旅の恥はかき捨て(慣)
その上(そのうえ)(接)〇
上下(じょうげ)(名)①
枠(わく)(名)②
無礼講(ぶれいこう)(名)〇
息抜き(いきぬき)(名)④③
平社員(ひらしゃいん)(名)③
乱す(みだす)(他五)②
振り(ふり)(名)②
規律(きりつ)(名)〇
外人(がいじん)(名)〇
嘆き(なげき)(名)③
よそ者(よそもの)(名)〇


一、先(名詞 接尾詞)(本文)
今日は新しい取引先メーカーとの交渉をまかされ、
(1)先(名詞)
①表示东西的尖端。
鉛筆の先、指の先、計の先、枝の先、口先
②表示前面,最前头。
先の方から順に中へお入りください。
从最前面的那位开始,请依次进去。
ホテルはここから三つ先の駅で降ります。
饭店再往前三站下车。
③表示最先,首先等意思。常用「先に」。
お先にどうぞ。
请您先走。
健康のことが何より先だ。
健康比什么都要先考虑。
④表示将来。
冬はまだまだ先だよ。
冬天还早呢。
今日から十年先にはこの部会はずいぶん変わると思います。
我想,在今后的十年这个城市会发生巨大的变化。
⑤表示对方,目的地。
先の考えがはっきりわからない。
不清楚对方的想法。
課長が行った先わかりますか。
你知道课长去哪儿了吗?
(2)接尾詞
①接在动词词干后面,表示地点。(少数也表示人)
連絡先、送り先、行き先、出張先、届け先、取引先、宛て先、出先、勤め先
②接在场所名词的后面,表示前方,前面。
庭先、軒先、店先、鼻先
(3)相关的常用词组。
先を争う 先を急ぐ 先がある/ない 先が見える 先に立つ 目と鼻の先
争先 赶路,赶工作 有前途/没有前途 看到尽头 站在最前面 近在咫尺

二、…を抜きにする(本文)
個人の感情を抜きにし、不愉快な感情を表に出さず……
「ぬき」是动词「ぬく」的连用形,表示省掉、去掉、取消等意思。
中国が歩んできたこの歴史を抜きにしては考えられないものだ。
离开了中国走过的这段历史时不能理解这点的。
説明抜きですぐ討論に入ります。
不作说明,马上就进入了讨论。

三、一向(に)…ない(会話)
一向に楽しい様子も見えない。
表示一点儿也不。相当于「少しも…ない…」。
その事については、一向に存じません。
关于那件事,我一点儿也不知道。
政府は住宅問題について、一向関心を示さない。
关于住房问题,政府一点也不关心。


四、…において(は)(会話)
それは日本社会においては建前っていうもんだよ。
接在体言后面,表示动作进行的场所、场合、范围等。
ヨーロッパ諸国において、貿易が最も盛んな国はどこですか。
在欧洲各国中,贸易最兴旺的国家是哪个国家?
ロンドンにおいての首脳会談が終わりました。
在伦敦举行的首脑会谈结束了。

五、…ことなく(応用文)
多くの人は生まれた土地を離れることなく、死ぬまで同じところに住み……
接在动词连体形后面,表示没有发生某种事情,相当于「ないで」。一般用于书面语。
彼は朝早くから夜遅くまで、休むことなく研究を続けた。
他从大清早到深夜不休息地连续研究。
一度も学校を休むことなく、卒業までがんばった。
一次都没有向学校请过假,一直坚持到毕业。

六、…ふりをする(応用文)
電車の中で、お年寄りが立っていても知らないふりをしておきながら、……
表示假装,装作。
変な人に話しかけられたので、言葉がわからないふりをした。
有个怪人和我搭话,我就装作听不懂。
山で熊に会ったら、死んだふりをするといい。
山上碰到熊的话,装死就行了。

七、…ようと、…ようと(応用文)
何年日本に住んでいようと、日本人より日本的であろうと、いつまでも「外人」と呼ばれるという嘆き……
与第三册第一课的「であろうと…であろうと…」用法类似。表示不管,或者。
あの学生は、非常にまじめで、雨が降ろうと、風が吹こうと、一度も休んだことはありません。
那个学生非常认真,不管下雨还是刮风,一次都没请过假。
損をしようと、得をしようと、こちらとなんの関係もありません。
不管是亏还是盈,跟我们一点关系都没有。

八、動詞連用形+は(も)しない(応用文)
このように、「ソト」の者をなかなか「ウチ」へ入れようとしないのは……の秩序が乱されはしないかと心配し、……
表示强烈否定,相当于不……,连……也不……。
途中休みもしないで、一息に頂上まで登った。
中途连休息也没休息,一口气登上山顶。
食べもしないのに、たくさん買ってきた。
尽管不吃,却买了很多来。

九、…まいとする(応用文)
「ウチ」社会を壊すまいとしているからなのだろうか。
「まい」表示否定的意志。「まいとする」表示不愿,不想。相当于「しないようにする」。
目にあふれる涙を人に見られまいとして、体を脇へそらしている。
为了不想让人看到眼里含着的泪水,把身体侧了过去。
授業に遅れまいとして、急いで地下鉄に乗ってきた。
为了上课不迟到,急急忙忙地坐地铁赶来。