(1) こんにちは、私は王と言います。去年の6月に、留学生として日本にやって来ました。 初めのうちに、言葉や習慣の違いから失敗ばかりしていましたが、最近はこちらの生活にもだいぶ慣れてきました。大学へ通っているうちに、何でも気軽に話し合える友達もできまし

(1) 王さんは,毎日,日記を書いています。このあいだまでは,中国語で書いていました。けれど,先日,鈴木先生に「日本語で日記を書いてみたらどうですか。」と進められたので,最近は日本語で日記を書いています。 6月10日 火曜日 晴れ 授業が終わってから,図

(1) 王さんと張さんは、今日、田中さんの家に夕食に招かれました。 田中さんは旅行会社に勤めていて、日本を訪れる外国の旅行家のために、いろいろと 便宜を図ってくれます。王さんも張さんも、去年中国から日本へ来る時に、田中さん の世話になりました。 田中さん

(1) 日本では,北海道を除いて,6月から7月にかけて,しとしとと雨の降る日が続きます。この時期を梅雨と言います。 梅雨の時期は気温が高く,湿度も高いので,とても蒸し暑く感じます。ですから,日本に住んでいる外国人は,たいてい『梅雨は苦手だ。』と言いま

(1) 田 中:君は何にする。 奥さん:メニューを見せてちょうだい。 田 中:ほら,メニューだよ。 奥さん:ええと,ハンバーグとライスと野菜サラダ。それから,アイスクリームがいいわ。 田 中:へえ。太るのを気にしてるわりには,ずいぶん食べるんだなあ。 奥さん

7月7日は七夕です.七夕の行事は,8世紀ごろに中国から日本へ伝えられたした。日本では,この日,子供達が紙に願いごと書いて,竹につるします。 ところで,中国には,七夕にまつわるんな古い話があります。昔,ある所に,貧しい牛飼いの若者がおりました。若者は,兄の

(1) 大正12年(1923年)9月1日,関東地方を震度7の大地震が襲いました。この地震によって,関東地方は大きな被害を受け,10万人の人が死に,70万戸の家が壊れたり焼けたりしました。この地震は『関東大震災』と呼ばれ,その時の恐ろしさが今でも語り伝

(1) 交換手:はい。東京旅行でございます。 王 :もしもし。私,王と申しますが,営業部の田中さんをお願いします。 交換手:はい。少々お待ちください。 田中:もしもし。田中です。 王 :田中さんですか。王です。こんにちは。 田中:こんにちは。会社の方に電話を

純子:ねえ。張さんは算数が得意でしょう。この問題,難しくて解けないの。教えてくれない。 1個88円のガラスのコップがある。これを撙证龋眰

(1)日本には、東京の言葉を土台にした共通語があり、全国どこにでも通用する言葉として、広く使われています。けれども、一方で、それぞれの地方には、その地方独特な言葉があります。その言葉を方言と言います。 方言は、その土地の風土や暮らしと深いつながりがあ

(1) 昔、鉄道や自動車のような交通手段がなかった時代には、どこへ行くのにも、自分の足で歩くしかなかった。旅をするのにも、昔の人は、何日も歩き続けるしかなかった。 江戸時代(1603ー1867)になって、江戸(現在の東京)と日本の各地を結ぶ街道が整備され、多く

(1)1987年7月11日、ユーゴスラビアのザグレブ市で、五十億人目の赤ちゃんが誕生した。マティちゃんと言う男の子だ。国連は、人口統計から、この日を50億人目の赤ちゃん誕生の人決め、その誕生を祝うことにした。デクエアル国連事務総長が、ザグレブ市の病院

(1)田中健一様 拝啓 先日は、たいへんお世話になりました。私は今、山田君と一緒に京都に来ています。 京都は、古いお寺や町並みが残っている、素敵な町です。実際に京都に来て見て、この町がとても気に入りました。京都の町は、中国の西安をまねて、作られただ送です

(1)人間は昔から、「鳥のように自由に空を飛びまわることができたら、どんなに素晴らしいだろう」と想像してきた。ルネサンスの天才、レオナルド.ダ.ビンチも「鳥のように空を飛びたい」と言う夢を抱いていたようだ。彼は、今から500年も前に、鳥の解剖をしたり、

(1)昔、中国からの使節が日本に来て、瀬戸内海を船で渡っているとき、こう言ったそうだ。「日本にもずいぶん広い川がありますね。これは何という川ですか」黄河や揚子江など、広大な川を見慣れた中国の人が、瀬戸内海を川田と思ったのも無理は無いだろう。しかし、こ